虎屋17代当主 代表取締役社長 黒川光博
虎屋はどのような会社かと申しますと、1520年代の後半に京都で創業し、1586年にご即位された後陽成天皇の御在位中から、御所の御用を承ったと記録に残っております。1869年の東京遷都にともない、京都から東京に進出したのですが、当時これは大変大きな決断だったと思います。
しかしそれがあるからこそ、今日の虎屋がこうして成り立っているのだと思います。
もちろん、長い歴史の中ではいろいろなことがありました。
岐路に立たされたこともあります。
例えば1788年、京都の街の大半が焼き尽くされた「天明の大火」の際、私どもの店も被害にあいました。
その危機を受けて9代目の光利は、店員が守るべき基本的な考え方を定めた「掟書」というものを書き改めました。
掟書は15条あるのですが、おもしろいものをいくつかご紹介すると、
「御所の御用品を扱っているというのは大変名誉でありがたいことである。であるから、口や手などはたびたびよく洗って清潔にしなくてはならない。このことは人が見ている、見ていないにかかわらず、励行することが肝要である」
「目下の者へ、上の者はいろいろ教えてやるようにすること。また下の者でも、上の者の落ち度などに気付いたら遠慮なく注意し、お互いに『 水魚の交わり 』のように隔てなく付き合うこと」
「日ごろから習字や算術などの稽古に励むこと。支配人や番頭になったとき、あるいは独立して店を構えるとき、そういうことが必要になるから、常日ごろから勉強しておくこと」
といったことが書かれてあります。
火事の後、こういう掟書をつくって会社の引き締めを図り、やらなければならないことを明確にしたのだと思います。
1923年の関東大震災の後は、私の祖父にあたる15代が、それまでやっていなかった店頭販売やダイレクトメールの送付などを始めました。
その後、戦争中は軍からの注文で忙しくしていたようですが、戦後は工場が焼け落ち、仕事もなくなってしまったようで、「社員の給料が払えない」「銀行がお金を貸してくれない」という話もあったと聞いています。
そうした中で喫茶店を始めてみたり、パンをつくってみたり、それまでなら決してやろうとしなかったであろう新しいことを始めたという記録も残っています。
このように先人たちがいろいろなことにチャレンジしてきたからこそ、今日の虎屋があると思うのです。
ここから朝礼ネタ
先日、羊羹のとらやさんの話しを聞きました。とらやさんは500年も続いているのですが、その理由として、「変えてはいけないもの」と「変えなくてはいけないもの」をはっきりさせている、ということでした。
絶対変えてはいけないものは、「お客様への対応」で、変えなくてはいけないものは、意外にも「味」だそうです。
味というのは、時代時代によって甘いものが好まれたり、逆に甘くないものが好まれたりするそうで、消費者に味が変わったと思われないように、微妙に味を変えているのだそうです。
仕事におきましても、今までのやり方を変えてはいけないものもあると思います。
でも、もっとお客様のためになるやり方や、自分たちが効率よく、やりやすい仕事のやり方など、変えなければいけないことを変えていけるように、がんばっていきたいと思います。
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